farce - ファース- 2

2008.12.26 *Fri
「ほら、あーんして」
「ふぁ〜」

 あむあむ

「よく噛めよ」
「ん」
「熱くないか?」
「んー」






「おまえら、一体何してる?」






「「食事」」



「俺が言ってるのは、体勢のことだ」

「膝枕。お前もよくやってるだろ」

 あむあむと咀嚼しながら食べるアスランの頭を膝にのっけ、スプーンと容器を持ってるディアッカは当然のことのように答える。
 それを見て、固いが思考能力溢れるイザークの脳内では、生まれたばかりの子猫にミルクをやる姿が浮かんだ。外見の軽薄さに反して、実にこういった仕草が似合う男なのだ。ディアッカという奴は。問題は、餌付けの対象が自分達と僅か一歳しか違わない男であることなだけで。


「まるで雛だな」

「んー、アスランがさ、ここんとこ詰め込みすぎで寝不足なんだよ。食事もろくにとってないようだったから、こうやって・・・・て、コラ。寝るなよな」

 咀嚼し終えると力尽きたように、アスランはうっすらと開けていた目を閉じ、コテンと横を向いた。すぐにすぅすぅと寝息が聞こえてくる。
 ディアッカはふぅ、と息をつき、手にしていた食事をテーブルの上に置いた。

「今度は何だ。まさかまた馬鹿なガラクタと戯れていたわけではないだろうな」

「まぁま。座れよ」

 と、目の前のソファーを勧める。
 もとよりここはイザークの執務室。遠慮することもなく、イザークは腕組みをして足を組む。見た目は貴公子然だ。子供の頃から見慣れているディアッカにとっては気にするものでもないが、色々な意味でイザークは高嶺の華。闇ルートで売りさばかれている写真の値段は、アイドルの写真と比べて桁が違うくらいだ。

「最近アスランの姿、見てなかっただろ?」
「ああ」
「ずっと情報戦に当ててたらしいぜ」
「情報戦?」
「そ」

 眉根を寄せるイザークに、自分もさっき知ったばかりだとディアッカは言う。むしろ聞き出したというべきか。

「アスランが一週間以上もかかるような相手だったのか?」

 イザークが覚えている限りでは、最後にアスランを見たのは約十日前。
 アスランの姿が見えないことは別に珍しいことではなく、イザークも特に気を止めてはいなかった。何か特別な用事でもなければイザークの執務室かディアッカと共にいるか、シホ達の指導もしくは世間話でもしているアスラン。けれど軍にいる以上、仕事はやはりあるわけで。たまにふらっといなくなるのだ。
 議長直属の部隊に属すアスランが仕事内容を明かすことは無い。普段飄々としていてつかみどころの無い奴だが、これでいて判断能力はイザークに勝るとも劣らず、物事の情理を嫌というほど弁えている。どれだけ仲が良かろうと、秘密裏に請けた仕事を口外することなどはないのだ。
 だから、アスランから聞き出せたということは、つい先ほどまで取り掛かっていた仕事はフェイスの仕事ではないということ。

「いんや。そんな大層なもんじゃないぜ。・・・・あ、いや。大層か。相手が、じゃなく、やってる仕事の規模が、だがな」
「そうか。まぁ、こいつが手こずるような相手など、この宇宙で俺以外に一人しかおらんからな」
「うっわ、俺対象外?」
「馬鹿者。そんなセリフ、あいつの作ったゲートを通過出来てから言うんだな」

 ゲートとはその名のとおり、入口。
 通過とは、一般では許可を経て入るものだが、ここでは無断侵入を意味する。早い話が、ハッキングだ。

「無茶言うなよ。お前らのように、通るすぐ傍から足跡を消すような芸当、得意じゃないんだってば」
「ふん。出来んわけでもないくせに」

 足跡とは、痕跡のこと。
 痕跡を消すということは、侵入するすぐ傍から、そのログを自動的に削除していくことを指す。データは持ち帰りましたが、ばれました、なんてベタなヘマなどやらかすわけがない。
 ディアッカとて、イザーク達ほどの技術は持ってはいないが、ゲートを通るくらいなら朝飯前なのだ。しかし如何せん、気がよくきく割には細々とした作業をあまり得意としない。イザークもイザークで技術を持っている割に、性分として好きなわけではない。だから、このような作業はもっぱらアスラン達の専門となっていた。
 でなければ、イザークとディアッカが幼馴染になることなどなかったし、アスランなど見向きもしないだろう。何処かで捨て駒にでもされていたかもしれない。

「で?何をそんなに手こずっていた?」
「長引いていただけだってば。・・・・・・先の大戦のでのオーブ並びにアスハ・クライン一派の罪状の洗い出しと、地球や月に散らばる全地球軍基地の動向の監視及び監視システムの構築、それにプラスしてロゴスとの更新記録から次の大戦にむけてのプランの候補を導き出す」

 規模の問題と言っていたが、あまりに壮大な量と内容に、予期していなかったイザークはわずか瞠目する。

 先の大戦終了後、公式文書はすべて紛失したとカナーバが言っていたが、この世から全てを抹消することは容易でない。データでなくとも紙媒体として残っているものもあれば、何重にもブロックがかけられたバンクの奥底に眠っている場合もある。または地方新聞のほんの小さな見出しにも情報は隠されているものだ。それらを全て洗い出し、整理し、利用できるものをまとめていく。

 また地球軍の特徴はZAFTに比べ、兎角数だけは多いことだ。兵士の数に伴って基地も自然と多い。作戦部・大小含めれば、その数およそ万は行く。そのすべてのデータに目を通し、今後どの基地にも自由にアクセスできるシステムを構築したという。

 さらにロゴスとのつながりを探り出し、次の大戦に向けた行動パターンをいくつか予想したという。

「一人でか?」
「いや。やってやれなくもないが、遠く離れたプラントからだと全てを回るのに支障が出るって言ってたな。中継とアスハの方を任せたと言っていたな」
「そうか」
「で、さっき漸く終わったらしくて、部屋からフラフラ出てきて所を」
「貴様に捕まったというわけだな」
「ピン、ポン♪」

 まったく、とため息をついてしまうのも致し方ない。
 恐らくこの十日は、何日かに一回の食事とそれ以上に少ない睡眠回数で作業に徹していたに違いない。これも今に始まったことではないが、バカだ、と思わずにはいられない。だから、放っておけない。確認したことはないが、ディアッカもきっと同じだ。

「これでは、此方の方が開戦を期待しているみたいではないか」
「ま〜、実際これだけしてちゃ、やる気は満々なんだろうけどね」

 口調とは裏腹に、二人の顔には苦笑が滲み、決定事項として話は進む。イザーク達がアスランを止めることはないし、アスランの中でもすでに二人を巻き込むことを前提として話は進められている。ちょうど十日前に話した『コードG』の時から、それは暗黙の了解となっている。

「で?現状はどうなっている?」
「えーと、確かデータを数値化したディスクがどこかに・・・・」

 どうやら、作業の傍ら、作戦の全体の工程を記したマニュアルも作成していたらしい。暗号化までして。
 食事(イザーク曰く餌付けだ)の前にそれが渡されたらしい。
 膝に乗っけたアスランを落とさないように、パタパタと服のあちこちを探し始める。
 すると―

「これだろ?」

 目を開かないまま、アスランの手がすっと上がり、その中に手のひらサイズのディスクがあった。

「アスラ・・・・おまえ」

 先ほど、確かに受け取ったはずのディスクをアスランが持っていたことに驚く。

「緑になってから、たるんでるんじゃないか?あんまり・・・・にぶ、ると・・・・・みかぎる、ぞ・・・・・」

 ディアッカが再び受け取ったのを確認すると、アスランは今度こそぱたりと眠りに落ちた。
 それを見て、相変わらず手癖の悪い、とイザークは思う。
 ディアッカが油断していたわけではないだろうが、アスランからしたら、夢の世界へ半分以上足を突っ込んでいる状態でも簡単に奪えるという。それはスリのような手際の良さであったが、使われることは騙し合いのゲームのときのみ。真剣勝負には正々堂々と立ち向かってくるが、たとえば任務であったり必要な時にはイカサマ師も真っ青な手際でカードをすり替えたり一瞬の隙をついて物を奪う。

 そして、最後の発言は、忠告。
 あまり手を抜いてると捨てる、という。休戦の時ならまだしも、アスランが行動を起こし始めた今、それは決して許されることではない。サイレンがなってから起きましたというレベルではアスランには付いていけない。
 弱音は要らない。
 言い訳は醜行。
 油断をするならおいて行くのみ。
 アスランが捨てるというなら、本当に切り捨てられる。そこに過去の情や仲間意識など皆無に等しい。

 しかし、それは忠告であると同時に、アスランなりの激励の仕方でもあった。
 アスランにとって今現在、味方と為りうる者は両手にとるほどだ。その中でも素で曝け出せるのは僅か三人。
 その状況を誰よりもアスラン本人が悟っている。邪魔となるものをわざわざ手元に残しておく気などない。が、手を取り合える関係を決して拒みはしない。同時に、一人でできる限界というものをアスラン自身よく理解していた。
 だから、これはアスランなりの不器用な励ましなのだ。



 だが、二度目はない。

 それはイザークやディアッカにしても同じこと。アスランほど分かりづらくも不器用でもないが、見限る時はさっさと見限るし、飄々としていても用心深いことに変わりはない。

「ちゃんとしろ、だとさ。規定訓練もちゃんと行けよ。そのうち殺されても知らんぞ」
「わぁーってるって」

 
 手の中のディスクをイザークに渡す。
 そこには「not repeat」と書かれてある。複製は出来ないということ。そして、閲覧は一回のみ。
 一度ファイルを開けば、読んでいくすぐ傍から削除されていく仕組みだ。再度見ることはかなわない。一回で全てを覚え、一回で全てを把握しろという。イザークとディアッカにとってはなんてことないことではあるが、さすがにこれだけのデータ量。全てを一回きりで記憶するにはさすがに気合がいる。それを示唆する先ほどの言葉でもあった。

「でも、ま。なんとも可愛いじゃないの」

 と言い、ディアッカの温かさを求めて猫のように丸くなってすり寄る姿に目を細める。おやすみ、とばかりに頭をくしゃりと撫でてやると、「ん〜」といい、ディアッカのズボンのすそをきゅっと握った。
CATEGORY : 並行世界
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